僕が踏み躙ってきた愛情と日常の総て

ゲイ。アラサー。フリーター。こんな僕の日記です。

生きていても意味が無い

今日のバイトは本当に疲れた。

一日中、書類数枚を順番に一組にしては

ホチキスで綴じるの繰り返しを

始業から退勤まで続けたのだ。

非常に単純な作業だ。座ったままで良いから体に負担も無いし、

誰から見ても僕は一所懸命に職務に取り組んでいる様に

見えた事だろう。

いつもは嫌味や嫌がらせ、いじめの尽きない職場だが、

こんな作業に集中しているとなると、

流石に誰も茶々を入れてこない。

それだけが唯一のメリットであると言えよう。

だが、こういった作業が長時間に及ぶと、心に負担が来る。

どうしてもこう単調な作業が続くと、

つい考えてしまうのだ。

自分が生きている意味について。

テーブルの左端に置いた1ページ目から順に取って行く。

次は隣に置いた2ページ目、

次はその隣の3ページ目、

次は更にその隣の4ページ目、

そして最後に右端に置いた5ページ目を取って

書類の左上の端をホチキスで綴じる。

これの繰り返し。これが作業の内訳である。

これで時給千円というと、なんて高待遇、

と思う方も居るかも知れないが、

想像以上にくたびれる作業だ。

しかもこれを丸一日となると、何もかも投げ出して

逃げたくなる。

無論そんな事は出来ないのだが。

頭を支配しようとする思考と何度も戦った。

自分は今、時給千円で、同僚からの冷遇と

上長からのいじめに耐えながら

細々と食いつなぐ為だけに、

生きて働いている。

生きるとは何か。

僕が思うに、

生とは死への道程であり、

死とは生の結果だ。

全ての生命は、その生命を維持する仕組みになっている。

だが、永久ではない。

いつか生命が維持し切れなくなったときに死ぬ。

この理屈を僕に置き換えてみよう。

僕の生命は、その生命を維持するために

時給千円で冷笑や嫌がらせに耐え、

生命を維持するための飲食物等を得る為の

金銭を収入と言う形で得て、

いつかその嫌がらせやいじめに耐えられなくなったときに

職場へ来ることが出来なくなり、収入を得られなくなって、

飲食物等を得られなくなり死んでいく。

これが僕の人生。

そう気付いた時に、はたと手が止まってしまった。

人間のように知能の優れた生命体にだけ許された、

生命のサイクルから逃げ出す唯一の方法がある。

自殺だ。

自ら命を絶てば、生命を維持する必要が無くなる。

時給千円という自分の価値からも、

上長の罵倒からも、

同僚からの嫌がらせからも、

貧困の苦しみからも、

全てから逃げ出せるのだ。

今、バイト先から帰ってきて、

2ちゃんねるで自殺の方法を調べている。

ざっと見た印象としては、

人はそう簡単に死ねないように出来ているのだなと感じた。

どの手段で自死を選んでも、苦しかったり、痛そうで、辛そうだ。

だがしかし、本当にそうなのだろうか。

生きていても意味が無い生涯を生き続ける事よりも辛い事など、

この世に本当に存在するのだろうか。

まだ夕食は食べていない。だが、そんな事はどうでもいい。

これからまた2ちゃんねるだけでなく

他のサイトでも自殺について調べてこようと思う。

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