僕が踏み躙ってきた愛情と日常の総て

ゲイ。アラサー。フリーター。こんな僕の日記です。

朝陽に蹂躙される優しさも在る

ふいに、最後にセックスをしたのはいつだったかと

考えてみた。

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神経を集中させ、

意識を研ぎ澄ませて考えてみても、

明確な時期が思い出せなかった。

しかし寒い季節だった事は覚えている。

それが頼りとなり、徐々に記憶が蘇ってきた。

クリスマスが近かったように思う。

それが去年なのか一昨年なのかはおぼろげだ。

クリスマスの雰囲気に浮かれる

二丁目界隈の店で知り合った人だった。

いまいち顔を良く思い出せないのだが、

泥酔している時に仲良くなったように思う。

そのまま流れでうちへ来る事になり、

体を重ね、一夜を同じ寝具で明かしたという訳だ。

顔は未だに思い浮かばないが、

背が高い人だった事は思い出した。

部屋の天井から吊り下がる照明に

その人の頭が当たりそうになっていた光景が

蘇ったのだ。

お互い泥酔していた。

だから流れでうちへ来る事になった。

だから流れで体を重ねる事になった。

だから翌朝、相手はひどくげんなりした様子だった。

その人は、布団から出て着替えようとした僕の裸体を

うんざりした眼差しで見つめ、

僕の体を、まるで骨の標本みたいだね、と

冷たく言い放った。

ものすごくだるそうにしていたのに、

僕の顔と体を朝の明るい光の中で確認したその人は、

僕よりも後から布団を出たにも関わらず、

僕よりも早く着替えを済ませ

大した挨拶も無くさっさと部屋を出て行ってしまった。

連絡先はおろか、

名前も聞いていなかったと気付いたのは、

相手が部屋を出て行ってしまってからだった。

夜の間の優しさは何だったのだろう。

これが最後のセックスの記憶だった。

改めてこうして文章に起こしてみると、

本当に自分に嫌気が差す。

僕に心から優しくしてくれる人なんて、

存在するのだろうか。

優しさが持続するのは夜の間だけというのは、

本当に辛い。

例えば仮に、賢一に抱かれたとして。

例えば仮に、亘に抱かれたとして。

彼等は優しくしてくれるのだろうか。

朝陽に曝された、裸体のままの僕を。

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