僕が踏み躙ってきた愛情と日常の総て

ゲイ。アラサー。フリーター。こんな僕の日記です。

ハッピー・ハロウィン

大量のお菓子が入ったビニール袋を両手に提げ、

部屋へ帰ってきた。

電気は点けずに、昨日飾りつけた電飾の明かりを

片っ端からつけていくと、

暗い部屋がぼんやりと明るくなり

他の飾りつけとも相俟って

一気に自室がハロウィンっぽい雰囲気に包まれた。

今日、10月31日は、昔飼っていた犬の

ころ太の誕生日だ。

今日はこれから一人、

ハロウィンのパーティーを兼ねて

ころ太の誕生日のお祝いをする。

ころ太の命日は当然覚えている。

だが、命日に偲ぶ事はしない。

悲しくなるからだ。

だから敢えて、死んでしまってからも

誕生日にはささやかなお祝いをするようにしていた。

それなのに、ここ数年、

すっかりそれを怠ってしまっていた。

だから今年は多少豪勢にお祝いしたいと思う。

机いっぱいにお菓子を広げ、ビール缶を開けて、

ころ太がこの世に生まれて来てくれた事に

感謝し一人で乾杯した。

ころ太は僕が小学校1年生の頃に

ひょんな事から譲り受けた雑種の仔犬だった。

名前を決める際に、候補として挙がった名前が

コロとコータという、

どちらもありきたりな候補になってしまったので、

試しに候補となった名前を合体させてみたら

思いのほかしっくり来て、この名前になった。

とは言え結局、あだ名のように

皆で『コロちゃん』とか呼んでいたので、

ころ太という名前の存在感は若干薄かった。

最初のうちは毎日父と一緒に散歩へ連れて行った。

週末には、父の車でころ太を連れ

遠くの大きな公園や

海や川などへ行った事もあった。

そして、ハロウィンが誕生日と譲り主から聞いていたので

ハロウィンにはハロウィンパーティーを兼ねて

ころ太の誕生日を家族総出でお祝いするのが

恒例の家族行事となっていた。

今部屋に飾りつけてある飾りの殆どは

その頃から家でころ太の誕生日になると飾っていたものだ。

やがて小学校を卒業すると同時に

両親が離婚してからは、

自分一人で散歩へ連れて行くようになった。

週末の遠出は無くなってしまった。

継父は僕ところ太を毛嫌いしていた。

虐待こそ受けなかったが、

継父は僕を疎ましく思っていたようだった。

そして、僕の親権を『仕方無しに』引き受けた母親も

僕に対して日に日に冷たくなっていった。

中学生になり、両親が変わった。友達も変わった。

第二次性徴期を迎え、自分自身も

心身ともに変化していった。

気付けば、ハロウィンにころ太の誕生を祝う事も

無くなってしまっていた。

ただそんな中でも、ころ太は何一つ変わらなかった。

学校が忙しくなり、散歩をさぼりがちになっても

許してくれた。

散歩に行けば全身で喜びを表していたし、

その振る舞いで僕を楽しませてくれた。

広い公園に行けば、落ちている木の枝を見つけてきては

『取ってこい』の遊びをよくやってくれた。

特に嬉しかったのは、

家へ帰ると、いつでも真っ先に尻尾を振って

僕の帰宅を喜び出迎えてくれた事だ。

家庭に居場所を失った僕の

唯一の心の支えとなってくれていた。

僕はころ太が大好きだった。

継父はよく、ころ太を雑種だから、血統書がないから

みっともない等と馬鹿にしていたが、

ころ太は本当に賢い犬だったと思う。

無駄吠えも無かったし、悪癖も無かった。

記憶力もよく、大概の芸を覚えて披露してくれた。

理解力があるというのか、共感力があるというのか、

落ち込んでいたり悲しんでいたりすると

不思議とよく慰めてくれたものだった。

高校生になる頃には、ころ太はすっかり老け込んで

老犬と呼ぶに相応しい様相になっていた。

態度や振る舞いに変化はなかったが、

どことなく元気がないというか、

どこをとってもやはり

衰えを感じさせられるものがあった。

忘れもしない。高校三年生の冬。終業式の日だった。

帰路の途中、母親から携帯電話に着信があった。

『ころ太の様子がおかしい』という。

この時ばかりは母親も協力してくれて、

ころ太を近くの動物病院へと運び込んでくれた。

制服のまま動物病院へと駆け込んだ僕に、

獣医の先生が丁寧に説明してくれた。

『これは典型的な老衰でしょう。

 申し訳ありませんが、私達にしてあげられる事は

 ありません。

 それでも、少し楽になる薬を打ってあげたので、

 しばらくは落ち着くでしょう。

 ですが、今夜が山だと思いますので、

 一緒に側に居てあげてください』

 

自然と涙が溢れた。

ころ太を引き取り、抱きかかえて家へ帰る途中

幾度も幾度も涙の雫がころ太の体に垂れた。

腕の中で苦しんでいるころ太は、苦しみながらも

時折その顔を起こして、僕の頬を伝う涙を舐めてくれた。

僕にはこの時、一つの後悔に襲われていた。

昨晩、面倒という理由で

ころ太の散歩をさぼったのだ。

それがまさか、今日、ころ太がこんな風になってしまうなんて。

僕は自らの愚かさを本当に悔いた。

昨日散歩へ行かなかった自分を心の中で何度も責めた。

でも、どんなに悔やんでも、どんなに自分を責めても、

昨日と言う日は戻ってこない。

ころ太の苦しみを止めてやる事も出来ない。

僕は無力だった。

家に着いた。

ころ太が庭へと行きたがった様子を見せたので、

試しに庭で下ろしてやると、

いかにも弱弱しい足取りで立ち上がり、

自分の小屋の中を確認し、ゆっくりと庭を一周し、

いつもトイレにしていた場所で排泄をして、

また僕の元へと戻ってくるとその場に倒れこんでしまった。

まるで自分のこれからの運命――死という運命を、

ころ太自身で自覚しているかのように感じられて

本当に胸が苦しくなった。

また抱き上げてやり、家の中へと上げて

廊下に新聞紙や古いバスタオル等を敷いてやり、

そこへころ太を寝かせてやった。

頭の下にはクッションを敷いてやった。

少しでも楽になればと思い、ずっと背中を擦ってやったが、

効果はあまりないようで、ころ太の苦しみは

時間を経つにつれどんどん悪化していった。

何度も何度もころ太の名前を呼んだ。

最初のうちは、呼びかけに反応する様子も見せていたが

時の経過と共に呼び掛けにも反応しなくなっていく。

そして丁度日付が変わる5分前。

ころ太は大きく息をして体を激しく振動させると、

目を見開いたまま動かなくなった。

瞳からすっと、光が消えた。

ころ太の呼吸が止まった。ころ太の鼓動が止まった。

ころ太は息を引き取った。

僕は泣き喚いた。

僕はなんて愚かだったのだろう。

こんな事になるなら、

昨日ちゃんと散歩に連れて行ってやればよかった。

どうにかして、もっと一緒に居てやればよかった。

悲しくて悲しくてどうしようもない。

悔やんでも悔やみ切れない事が多すぎた。

色んな思い出が蘇る。

ころ太は頭が良かった。

譲り受けてきて名前を決めて、

初めて『ころ太』と呼んだ瞬間から

それを自分の名前だと認識して、

こちらへと駆け寄ってきたのだ。

最近僕を避けていた母も隣で泣いていた。

ころ太との思い出は、僕だけのものでなく、

母の思い出でもあり、

家族の思い出でもあったのだ。

僕達家族の絆でもあった。

ころ太の存在こそが家族の絆の証だったのだ。

そのころ太が死んでしまった。

もう家族の絆なんてない。

母と二人で泣き暮れているところへ、

継父が帰ってきた。

酒に酔っているようだった。

継父はやけに上機嫌に言い放った。

『なんだ。その犬。やっと死んだのか』

この一言をきっかけに、僕は大学進学を取りやめ、

家を出る事を決意した。

上京してからは、毎年ハロウィンにはころ太の

誕生祝をするのが僕の年間行事になっていたのだが、

いつからかそれを怠る様になってしまっていた。

あんなに大好きだったころ太の誕生日を、ころ太を

忘れてしまうなんて。

昨日、忘れられてから初めて

本当の死を迎えるというような旨の記事を書いた。

ころ太は僕の心の中で生きているつもりだった。

だが、こうして今年までころ太の誕生祝いを

忘れてしまっていたという事は、

僕の中のころ太も既に死んでしまっているという

事になるのではないか。

菓子を食べる手を止めて、僕は俯いた。

何故だか急に涙が込み上げてきた。

この世で本当の愛情を僕に注いでくれていたのは

ころ太だけだったのではないか。

僕の親権を放棄した実父に、

仕方無しに親権を引き受けた母に、

僕を疎ましく扱っていた継父に、

誰一人として家族は僕を愛していなかった。

それでも、ころ太だけは。

東京へ出てきてからも同じだった。

色んな男と知り合って、体を重ね、

付き合った事もあったが、

本当の愛を向けてくれた男が

今までに一人でもいただろうか。

今生で唯一僕を本当に愛してくれたころ太を

忘れてしまうなんて。

僕が忘れさえしなければ、

僕の中で生き続けていたころ太の愛情を

永久に死なせずに済んだのではないか。

忘れてしまっていたと気付いた事で、

まるでころ太が二度死んでしまったような気持ちになった。

本当に僕を愛してくれる存在はもう

どこにもいない。

僕は泣いた。

声を上げて泣いた。

僕はどうしようもない人間だ。

生きていても意味が無い。

でも、僕が死んでしまえば、ころ太という

僕を愛してくれた唯一の存在の記憶も

この世から消滅してしまう。

でも、生きるのが辛くて辛くて仕方ない。

僕はどうしたらいいのだろう。

隣室の韓国人の男が壁を叩いてきた。

うるさいと言う事なのだろう。

泣きじゃくりながら壁を殴り返してやった。

誰も僕を理解し受け入れてくれない。

誰も僕を愛してくれない。

どこにも居場所がない。

僕はこれからどうしていったらいいのだろう。

最早何が悲しいのかも解らなくなっていた。

かぼちゃのお化けの照明がぼんやりと灯る

ハロウィン一色の薄暗く狭いアパートの一室で、

何一つ解らずに、僕は一人泣いていた。

PS. ころ太へ。

誕生日おめでとう。

あの日は、散歩に連れて行ってあげなくて

本当にごめんね。

こんな僕に優しくしてくれてありがとう。

この世に生まれて来てくれてありがとう。

いつかまた会いたいよ。

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