僕が踏み躙ってきた愛情と日常の総て

ゲイ。アラサー。フリーター。こんな僕の日記です。

題名に困る程の偶然 後編

(続きを始める前に、

 『続きはまた明日』と言いながら

 日付を跨いでしまいました事を

 深く反省しお詫び申し上げたいと思います。)

僕は思わずガラスの柱から扉の方へと身を隠した。

「駒ちゃん! 駒ちゃんだよね?

 入ってきてよ!」

あれだけ無言を貫いてきた筈の亘が、

再度大声で僕を呼びかけて来た。

こうなってしまっては隠れていても仕方あるまい。

僕はノックをし、失礼します、と声を掛け

応接室へと入った。

僕が部屋へ入ると同時に、部屋の空気が

一変したであろう気配を思い切り肌で感じた。

笑顔で目をきらきらさせて僕を見つめる

上座に座った亘。

困惑と疑問とが一緒くたになって動揺を隠せない

一番の下座に座る上長の眼差し。

「……あの……」

「いいからいいから!ここ座って。

 いやあ、駒ちゃんのバイト先ってここだったんだ!

 近いのは知ってたけど、驚きだあ」

亘は自分の隣席――つまり二番目の上座へと

座るよう僕を促した。

僕のこの職場での立場上、

今亘の隣に座るというのは

自分よりはるか上の立場に居る上長よりも上の席に

座るという事になる。

それがどういう意味を示す事になるかは、

当ブログを長くお読みいただいている方には

容易くお解りいただけるであろう。

しかし、どういった関係かは知らないが

上長よりも上の立場であろう

亘の勧めである。

この場合は、おとなしく亘の促した席に

座るべきだろうと思い上座へと進もうとしたが、

ふとテーブルを覗くと二人とも既にお茶を飲み干していて、

湯飲みが空になっている事に気が付いた。

少々お待ちいただいて宜しいですか、と

二人に声を掛け、本来であれば無礼だが

手で二人の湯飲みを持ち部屋を出て、

一旦給湯室へと向かい

コーヒーを3人前淹れてお盆に載せ

また応接室へと戻った。

コーヒーを配り

亘の隣へと座った。

「おっ、さすが駒ちゃん! 気が利くね。

 俺もう喉カラッカラでさあ~。

 この会社ケチなんだかバカなんだか、

 いつも長時間帰らせてくれないくせに

 お茶一つお代わりくれた事ないんだから」

亘が鋭く上長を横目で睨み付けた。

すぐさま体をびくっとさせた上長の反応から、

上長と亘との関係性はもう一目瞭然だった。

「……ひょっとして、亘さん、

 朝からずっといらしてたんですか」

「そ。

 この人に、もういい加減お断り入れに来たの。

 お宅んトコじゃもう話になんないから、

 他の会社に乗り換えます。

 これは決定事項です、ってね。

 そしたらこのザマ。俺何時から来てると思う?」

「……朝の10時半、ですよね」

「俺もうお腹空いたよ~。帰りたいよ~。

 朝からずっとこんなトコ閉じ込められちゃって、

 帰して貰えなくて、困ってんの」

亘は普段の調子で僕に絡んで来た。

だが、上長の態度を見る限り、

亘はこの会社に於いてはとんでもない存在なのだろう。

そんな存在が私生活で懇意にしていたのが、

まさかのこの僕、という訳である。

一番末端のアルバイトで、

しかも徹底的に虐げられていて、

皆が忌ま忌ましく、疎ましく思っている存在。

亘にとっては今の僕はいつも通りの僕だろうが、

僕にとって今の亘は、

はるか雲の上にいるかのような存在だ。

だから僕は、徹して丁寧な態度を保つ事に決めた。

ここでは僕は末端のアルバイトで、

亘はとてつもなく重要な客なのだから。

「確かに、朝の10時半からお越しになられていて、

 これだけの長時間にお茶一杯しかお出ししなかった事は

 誠に申し訳なく存じます。

 私どもの方からお伺いしてお飲み物をお出ししたり、

 お話がこれだけ長くなってしまったのであれば

 お食事のご用意なども手配するべきでした」 

 

「いやさ、俺が言いたいのはそんなんじゃなくて――」

ふいに亘が言い掛けて言葉を止め、上長を見た。

上長の視線が、冗談の様な動きで

僕と亘を交互に行き来しているのを見てしまって

思わず笑いそうになった。

上長は未だ状況が飲み込めていないようだ。

口が開いたままになっている。

とりあえず、上長に僕と亘との関係を

説明してやろうと思った。

「上長、あの、僕、こちらの……亘さんとは、

 個人的に親しい間柄でして、

 でも、自分の業務上知り得なかった、というか、

 まさか弊社とご関係のある方だとは

 全く存じませんで、ですから、その――」

「そっ。めちゃくちゃ仲良くしてもらってます」

亘は完全にいつもの調子で、そう言いながら

僕の頭をわしゃわしゃと撫で回した。

いきなり亘の口調と表情が変わった。

「私の方としても彼が御社に勤務しているとは

 存じませんで。

 個人的には本っ当に懇意な間柄でして。

 まあ、彼が御社に在籍されているとあれば

 また話も大きく変わってきます。

 考え直す事も吝かではありません。

 そして、一切の決定権は私にございます。

 それ故にこうして本日はお断りに伺ったのですから」

動揺し困惑しきっていた上長の瞳が、

僕と亘との説明を受けて徐々に光を帯びていくのを感じて

薄気味悪かった。

「で、どうする。駒ちゃん。

 確かに駒ちゃんは直接関わってない話かも知れない。

 けど、ここで今、駒ちゃんが俺に、

 お願いします、ってたった一言言うだけで、

 駒ちゃんの会社、変わるよ。

 駒ちゃんの会社ははっきり言ってダメだと思ったから、

 他所へ乗り換えようと思って今日来た訳だけど、

 考えを変える事も出来るよ。駒ちゃんが居るなら」

本当に、なんでこんな事になってしまったのだろう。

僕は単なる末端で虐げられているだけの、

アルバイトでしかなかったというのに。

上長が、僕に期待を込めた熱い視線を気色悪く送ってきた。

確かに、僕が間に入って上手く仲裁する事は容易い。

頭を下げて一言亘に頼めばいいだけだ。

しかもそれによって会社が変わるとあれば、

僕の立場だって大きく変わるかも知れない。

この、他者から踏み躙られる様な想いをさせられる日常から

抜け出す事だって、出来るかも知れない。

しかし、本当にこんな事があっていいのだろうか。

亘も僕の懐柔を受けたからといって、

そんなに容易に決定を覆して差し支えないのだろうか。

元はといえば、この会社に問題があったから

他所へと乗り換えるという話だった筈だ。

その問題というのが、僕の介入によって

解決されなくなるような事にはならないのだろうか。

僕は一言一言、じっくり考えながら、

言葉を紡ぐように話した。

この際、下手な丁寧さは取っ払って。

「――確かに、僕は亘さんにはお世話になってます。

 それに、この会社にも。

 だから、もし亘さんにお願いすれば、

 亘さんにも考え直してもらえて、

 この会社で、ちょっとは僕も力になれたっていう事に

 してもらえるんだろうなって言うのは解ります。

 でも、その……。

 なんか、ちょっと違うんじゃないかなって。

 自分が間に入るのは。

 これはあくまで、上長と亘さんとの問題であって、

 二人が各々で決断したり交渉したりするべき事柄

 なんじゃないかなって思うんです。

 お互いの会社同士の問題に、僕の存在っていう

 私的な人間関係が介入して、

 じゃあ、よしなにやりましょうか、っていうのは、

 変な感じがするんです。

 うまく説明出来ないんですが……。

 それに、もし僕が介入して問題がこじれたら、

 僕と亘さんとの個人的な関係までこじれる事になると思うんです。

 僕は、亘さんとはこれからも仲良くしていきたい。

 だから、そんな事態にはなって欲しくないんです。

 だから……いえ、ですから、

 自分の口から、亘さんに個人的にお願いする、

 っていう事は、出来ません。

 例えこの会社のためであっても。

 もしこれが問題になるようでしたら、

 その時は先日なさったように、

 なんらかの処分なり処罰なりを僕にしてください。

 その際は甘んじて受け入れます」

途中何度も言葉をつっかえたが、

僕は最後まで言い切った。

そう。はっきり言って、会社同士の問題に

たまたま相手先の重要人物と交流があったからなんていう理由で

いざこざに巻き込まれるのは御免だった。

もしこれをきっかけに解雇となっても

それはそれで構わない。

寧ろいいきっかけになるかも知れない。

自分の人生を見直す為の。

亘はコーヒーを啜りながら僕の言葉に

じっくりと耳を傾けていた。

コーヒーカップを小さく音を立てて置き、

亘は言った。

「駒ちゃん。あんた、男だね」

そして、意を決したように声を大きくして続けた。

「その男気、買わせてもらう。

 なあ、上長さん。

 今日こそは最後にしてやろうと思って来ましたが、

 やっぱり、今後もこのままにさせて貰いますよ。

 この彼の手柄です。 そこをお忘れなく」

再びコーヒーカップを手にすると、残ったコーヒーを飲み干して

亘は立ち上がった。

「じゃ、俺もいい加減メシにしたいんで、

 今日はこの辺で失礼します。

 もう結構ですよね?」

僕は呆けてしまって、思わずぼんやりしてしまった。

気が付いた時には、既に亘も上長も居なくなっており、

僕一人だけがぽつんと応接室に残っていた。

テーブルに残っていたコーヒーカップを手に取り、

すっかり冷え切ったコーヒーを一気に飲み干した。

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