僕が踏み躙ってきた愛情と日常の総て

ゲイ。アラサー。フリーター。こんな僕の日記です。

困惑の日 後編

亘が戻って来たのは11時半頃だった。

思ったより早く用事が片付いたという。

「さっ、行こう」

「どこへ」

「お仕事」

亘は僕に一枚のSuicaが入ったパスケースを渡して来た。

「交通費出すから。移動にはこれを使ってね。

 行くよ」

亘は僕を引き連れ、xxタワーを出て

S×駅へと向かい、

電車で新橋駅へ移動した。

新橋駅の汐留改札口を目指す亘を追う。

ホームからエスカレーターを降りると、

改札内は慌しく行き交う人々でごった返していた。

殆どがサラリーマン風情だ。

何時来ても思うが、新橋駅は人で溢れている割に、

どこもどんよりとした雰囲気で満ちている。

一つ隣の有楽町とは大違いだ。

皆が皆、険しく、青褪め、疲労や不安を帯びた顔で

通り過ぎていく。

改札口に向かいながらふと見上げると

地下のホームへと繋がるエスカレーターの頭上に、

ステンドグラスの絵がある事に気が付いた。

どこかくすんで薄汚れた気配のするステンドグラスに、

新橋駅じゅうに漂う形容しがたい負のオーラが

集約されているような感じがして、

気が滅入いる思いがした。

亘から渡されたSuicaで改札を抜け、

連れられるがままに今度は

ゆりかもめに乗り込んだ。

亘は年甲斐もなく、

先頭車両の一番真ん前の席に座った。

空いていてラッキーだ、とか

はしゃいで喜んでいる。

「ほら、駒ちゃんも座って」

僕は無言で亘の隣に座った。

恥ずかしげがない訳ではない。業務上のことだ。

いい歳した大の男二人が

一体何をやっているのだろうか。

「それで亘さん、これからどちらへ」

「とりあえずメシ。

 そしたら俺、15時位から打ち合わせがあるから、

 2時間ぐらいどこかでまた待ってて貰う事になるかな」

「待ってばっかりで、何もしてないんですけど。

 あの、これって――」

「『お仕事』だよ。お給料も出すし。

 だから駒ちゃんは、ちゃあんと俺の言われた通りにしないといけない。

 解った?」

「……解りました」

本当にこれで時給が貰えるのだろうかという不安を

抱きつつも、亘がここまで言うのだから、

これからの一切は亘の指示に従う事にした。

亘の雑談に適当に相槌を打ちながら、

ゆりかもめの車窓からの眺めに見とれていた。

景色が流れていく度に、

S×の街が、自分の職場が、自分の置かれている環境が

遥か彼方へと遠ざかって行くような錯覚を感じた。

現実感がどんどん希薄になっていく。

台場駅で下車し、少し歩いた所にある

レインボーブリッジと東京湾を一望出来るレストランで

昼食を摂った。

亘の会社の経費で。

入店してから気付いたのだが、

亘が連れてきてくれたのは相当良いレストランで、

ランチなのにコース形式で料理が出てきて驚いた。

コースの料理を食べたのなんて、

今生に於いて片手で指折り数える程しかない。

亘は多少マナーやルールを気にしない人なのだと

日頃思っていたが、

こういう雰囲気の店ではきっちりしていて、

とても上品かつ優雅にこのレストランでのひと時を

過ごしていた。

一方の自分ときたら。

どの料理にどのナイフやフォーク等を使うのか解らなかったので、

とりあえずどの料理も亘が一口食べる様子を

一旦窺ってから、真似をして食べていった。

音を立てないよう細心の注意を払いながら。

レストランで食事を終える頃には、

亘の約束の時間が近付いていた。

レストランを出て少し歩いた所の

大型ショッピングモールにある中で

一番景色の良いカフェへ僕を連れて行くと、

適当に何かオーダーしてここで待つようにと言い残し、

亘は出て行った。

美しい夕暮れ時の景色を眺めながら、

僕は亘を待った。

日が暮れるのが本当に早くなった。

もうすっかり冬になってしまったのだと痛感する。

あと数週間もしないうちに今年も終わってしまう。

今年、僕は何か一つでも成し遂げたような事はあっただろうか。

何一つ良い事もなく、何を得る事もなく、

ただ徒に流れる時間と共に若さだけが日々失われていく。

溜息をついた。

ぼんやりと今年を振り返っているうちに

あっという間に時間が経ち、

すっかり外は暗くなっていた。

今何時だろうと確認しようと思ったところに

亘が戻ってきた。

「お待たせ。じゃ、行こっか」

「打ち合わせ、お疲れ様でした」

亘は曖昧に笑うと、伝票を持って颯爽と行ってしまった。

それから僕はひたすら亘に連れられるがままに歩いた。

これが今日僕に課せられた業務なのだ、と

ぼんやり考えながら。

お台場は早くもクリスマスが始まっているようで、

亘が僕を連れて歩く先はことごとくクリスマス色に

染まっている場所ばかりだった。

クリスマスに染まりつつあるショッピングモールを出て、

しばらく外を歩いた。

どこかへ向かっているようだったが、敢えて訊かなかった。

どこであろうとも、ついていくのが今日の業務だから。

外を歩いている時間が長くなってきて、寒さがこたえてきた。

僕は亘に少し止まってもらうよう頼み、

リュックからマフラーを取り出して首に巻いた。

「そんなに寒いの?」

「寒いです」

亘は僕の指先を自分の手で握り込んだ。

「うわっ、冷たっ。

 寒かったんだね……」

亘は両の手で僕の手を解す様にごしごしと揉んでくれた。

自分の手とは対照的に亘の手は暖かく、

とても心地良かった。

連れてこられたのは、パレットタウンという所だった。

広大なゲームセンターやライブハウス、

ショッピングモール等からなる複合施設だ。

目玉はお台場のランドマークとも言える大観覧車。

夜になって、煌びやかなイルミネーションが

綺麗に光り輝いていた。

亘はゲームセンターへと僕を連れて行き、

いくつかゲームに僕を付き合わせた。

ゲームを終えた亘が小腹が空いてきたと言うので、

ゲームセンター内のフードコートで

クレープを食べる事になった。

僕はストロベリー、亘はチョコバナナのクレープ。

「ねね、駒ちゃんの一口ちょうだい。

 俺のも一口食べていいから」

「いいですけど、僕病み上がりで

 風邪とか移らないですかね」

「いいからいいから。

 はい、取替えっこ」

クレープも食べ終え、亘は次の『業務』を

僕に指示してきた。

「観覧車乗ろう、駒ちゃん」

何となく、そう言い出すだろうなとは

パレットタウンに連れて来られた時点で勘付いていた。

「……亘さん、本当にお言葉ですけど、

 遊んでばっかりでいいんですか?」

「まぁまぁ、そう言わずにさ。

 当然皆にはナイショにしといてね」

「そりゃ言いませんけど……」

平日なので客は少なかったが、カップルの列に混じって観覧車に男二人で並ぶのは流石に恥ずかしかった。

それも片やスーツ姿で、片やカジュアルな服装で、

一体周りからはどんな目で見られている事だろう。

そう思うと、若干憂鬱になってきた。

しかし僕とは裏腹に、亘は列に並びだしてからと言うものの

とびきりの上機嫌だった。

こんなに遊んでばっかりの社員に部下までついているのだ。

亘の謎は深まるばかりで、心底亘の業務と立場が知りたくなった。

思わず自分の『今日の立場』も忘れてつい口を滑らせてしまった。

「亘さんって一体あの会社の何なんですか」

「うーんとね、簡単に言えば、

 話を決めたり、話をまとめたりする人」

「どんだけ偉いんですか」

「おっ、駒ちゃん、俺の事気になってきた?」

「そりゃ、こんだけやりたい放題やってる所見てたら

 誰だって気になりますよ」

「もっと色んなトコ教えてあげよっか?

 俺の部下も、上司も、友達も、

 親だって知らないようなトコとか。

 俺も駒ちゃんの知らないトコ、知りたいな~。

 見られちゃ恥ずかしいトコとか、

 親には見せられないようなトコとか」

「場所弁えてください」

亘がいつもの調子で茶化すので、ついつい僕も

普段の調子で軽口を叩いてしまう。

だが亘は一向に気に留めない。

軽口を叩き合っているうちに順番が来た。

係のスタッフは男二人きりで乗り込む僕達を見ても

何の感慨もない様子で、実に事務的に案内し

僕達を観覧車に乗せた。

「わー、綺麗だね」

「わぁ……」

観覧車から見下ろす夜景に、思わず言葉を失くした。

そして観覧車が高くなる程に、東京と言う街が

どんどん小さくなっていく。

「ここまで上がって来ちゃうと、

 高すぎてなんだかよく解んないね」

こんなに小さい街の片隅で、僕は生きているのだと思った。

この小さくなった街の総てに、

万を優に越す人生が、そして命が、

煌きの下に息衝いているのだ。

そしてその内の一つが、路を擦れ違う誰かであり、

例えば上長であったり、職場の誰かであったり、

まだ会った事の無い賢一であったり、

亘であり、僕自身であるのだ。

「でも、綺麗です……」

僕は物思いに耽りながら見とれていた。

観覧車から見える景色に。

ふと気が付くと、向かいに座っていた筈の亘が

いつの間にか僕の真横に移動していた。

「駒ちゃん」

「あっ、はい」

ふいに現実に引き戻され、思わず素っ頓狂な声が出た。

「駒ちゃん」

「何ですか」

「綺麗な目」

「何がですか」

「綺麗な目、してる」

亘は真顔で僕の瞳を見据えながら言う。

真剣な眼差しだった。

僕は何て答えれば良いのか解らなくなり、

言葉に詰まった。

亘はそれきり黙ってしまい、

無言の時間が続いた。

沈黙を打ち破ろうと決意し、

適当な話題を、あくまで軽い感じで振ってみた。

「ところで亘さんって、

 今好きな人とか――」

「いるよ」

「そ、そうですか」

亘はそれまでの真剣な雰囲気から一変し、

急にいつものおちゃらけた調子で話を続けた。

「でもねえ、二人居るんだよね~。

 一人はちょっと気になるかなって感じ。

 かわいいトコ多いんだよね。何だかんだで

 俺が力になってあげたりしててさ。

 偶然だったりした時もあったんだけど。

 ……もう一人は、すっごい好き。

 何考えてんのか解んない時とか多いし、

 なんか変わってるけど、

 ……めちゃくちゃ好き」

ふう、と息をついて今度は僕に質問してきた。

「で、駒ちゃんはどうなの?

 まだネットのあいつが気になってんの?

 それとも他に良い人見つかった?」

「自分は、今は特に……」

「ネットには懲りといた方がいいぜ、マジで」

そうですね、と、曖昧に返事をしながら

再び外の景色を眺めた。

亘も僕とは反対側の方の景色を眺め始めているようだった。

段々観覧車が下へと近付いてきて、広がっていた景色が

狭まり始めていた。

半ば嫌々乗った観覧車ではあったが、

乗ってみると意外に感慨深いものがあったな等と

考えていた僕の膝の上に、ぽん、と、

亘がその手を置いた。

びっくりして亘の顔を見やったが、

亘は窓の方を向いたままこちらには見向きもしない。

観覧車が地上に到着するまで、あと僅か数分。

自分の心臓の鼓動が次第に早まり

猛烈に激しくなっていくのを、

全身で感じていた。

(↓どうかクリックお願いします。)

にほんブログ村 セクマイ・嗜好ブログ 同性愛・ゲイ(ノンアダルト)へ このエントリーをはてなブックマークに追加