僕が踏み躙ってきた愛情と日常の総て

ゲイ。アラサー。フリーター。こんな僕の日記です。

うつろいゆく嘆きについて

バイト帰り、やっと整骨院へ行ってきた。

月曜日はいつ来ても混んでいる。

結構な時間を待たされたが、

今日も院長先生が施術してくれた。

いつも院長先生が施術してくれるのは

本当にありがたい。

はっきり言って、院長先生以外の先生には

当たり外れがあるからだ。

それに、会話も弾む。

話し相手の少ない僕にとって、

今、この整骨院での院長先生との時間は

唯一の心の拠り所でもあった。

今では院長先生と呼んでいるが、

昔近所に住んでいた頃は

嵩(タカ)兄ちゃんと呼ばせてもらっていて、

兄弟の様に接してもらっていた。

幼少期は毎日の様に遊びに連れて行って貰ったり、

僕の家がゴタゴタしていた時なんかは

匿って貰った事もあった。

一緒の布団で寝た事すらある。

一人っ子で、多少複雑な家庭環境にあった

自分にとって、

院長先生――嵩兄ちゃんの存在は、

唯一精神的に頼りに出来る尊い存在だった。

思春期に家庭に居場所を失った僕が

非行へ走らなかったのも、嵩兄ちゃんの

存在が大きかったのだろうと思う。

嵩兄ちゃんの上京が決まって

地元を離れたのは、

僕が高校1年生ぐらいの頃だったと記憶している。

それからの僕の毎日は孤独なものだった。

唯一の精神的な拠り所として

嵩兄ちゃんに依存しきっていた僕は、

気が付けば回りに友達は居らず、

家庭にも居場所は無く、

唯一ころ太が居てくれたぐらいで、

殆ど一人ぼっちになってしまった。

連絡も、嵩兄ちゃんの忙しさからか

いつからか途絶えてしまい、

本当に寂しかった。

再会したのは確か23ぐらいの頃で、

腰痛に悩んでたまたま行ってみた整骨院

院長を務めていたのが嵩兄ちゃんだったのだ。

本当に偶然で驚いた。

整骨院に勤めているという話までは知っていたが、

院長になるまで出世していたとは露知らず、

そしてそれがまさか自分の近所の整骨院だったとは。

それから今に至るまで嵩兄ちゃんの整骨院へと

通うようになったのだが、

空白の期間の長さからか、

昔の様な関係に戻る事は無いのだろうなと

僕は寂しく思っている。

しかしそれでも良かった。

こうして大切な人と再会出来て、

また定期的に会って話が出来るのは

素直に嬉しく思う。

例え多少関係の深さが変わってしまったとしても。

今日も院長先生と色んな話をした。

楽しい話も辛い話もした。

そう言えば、と、院長先生は僕に尋ねて来た。

「駒くん、結局いつが平日休みなんだっけ」

「そういえばすっかりお伝えするの忘れてました。

 今月は水曜休みです。

 って言っても、休みは寝てるだけなんですけどね」

「だから、そんなんじゃダメだってば。

 体動かすなりなんなりしないと。

 最近は水族館行ってないの?」

「そう言えば、最近またご無沙汰してますね。

 そろそろ、行ってみようかな」

「やっぱり行くとしたら平日休みに?」

「そうですね。土日だと混むんで」

「そっか。空いてた方が見て周りやすいもんな」

何となく、僕は訊いてみた。

「……院長先生。

 昔みたいに、嵩兄ちゃんって呼んだら

 ダメですか」

「どうしたの、急に」

「何となくです。ダメなら大丈夫です」

「そうだなあ、院長先生は

 皆の院長先生で居ないといけないからね。

 外でだったら、いいよ」

つまり、ここではダメだという事か。

何故だか、胸がちくりと痛んだ。

当たり前の事なのに。

「院長先生。僕は変わりました。

 院長先生も、そうですか」

僕の真剣な問いにも関わらず、

院長先生は笑いながら答えた。

「どうしたの駒くん。

 今日は妙に変な事ばっかり聞いて。

 また職場で何か酷い事されたの?」

「いいえ、そんなんじゃないんです。

 ただ、気になって」

「うーん。変わったって言うか……。

 歳取ったなあとは思うよ。

 歳取る事が変化なのかどうか、

 俺にはちょっと解んないや」

「そうですか」

院長先生は施術の仕上げを施すと、

今週また必ず一回は来る事を

強く僕に念を押し、

施術終了となった。

外に出るとすっかり寒くなっていた。

実は僕の家は最寄り駅から20分近く歩いた場所にある。

駅前の整骨院からはかなり歩かなければならない。

リュックからマフラーを取り出し

首に巻いて、悴む指先を両手で擦り合わせながら

暗くなった夜道を独り歩いて帰った。

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