僕が踏み躙ってきた愛情と日常の総て

ゲイ。アラサー。フリーター。こんな僕の日記です。

偶然か作為か 後編

「どうしてここに?」

「――魚が、見たかったから」

「お一人ですか?」

「そうだよ。

 こんな日に休みなんて、

 誰とも予定合わないし」

「……奇遇、ですね。

 あの、せっかくですし、一緒に見て回りますか?」

そう言った僕に、院長先生は曖昧に頷いただけだった。

「どこか見たいところありますか。

 院長――。

 嵩兄ちゃん」

院長先生――嵩兄ちゃんの顔が

いきなりぱっと明るくなって、言った。

「駒の行きたいところに着いてくよ」

僕は適当に順路を再度見て回る事にした。

僕は何度も来ているから見慣れているのだが、

初めて来たという嵩兄ちゃんにとっては

何もかもが新鮮で興味深いようで、

年甲斐もなくはしゃいでいた。

「なあ、あれなんて魚?」

「解んない」

「お前、しょっちゅう来てるクセに

 魚全然詳しくないのな」

「うん。だってそんなに魚に興味無いもん」

「なんだよそれ。

 水族館に通ってて魚に興味無いって。

 変なヤツ」

僕達は笑い合った。

すっかり昔に戻ったかのように。

鈍い僕でも勘付いていた。

嵩兄ちゃんは恐らく僕が来るだろうと考え

今日ここに来ていたのであろう事を。

それが何を意味しているのかは解らない。

だが、こうして昔に戻ったように

二人で過ごせるのなら、

その裏側にある意図なんて

どうでも良いではないかと思った。

ひとしきり見て回り終える頃には

大分陽が暮れて来ていた。

とりあえず水族館を出た。

「俺さ、まだ帰りたくないから

 ちょっと付き合ってくれよ」

外は寒くなりつつあったが、

嵩兄ちゃんに誘われるがままに

葛西臨海公園を散歩して回った。

暗くなり、至る所に設置された明かりが点き始めた。

嵩兄ちゃんは自販機を探していたのだが、

中々見つからない。

「とりあえず、ちょっと座って休もう」

夜になり上空から舞い降りてきた寒気と、

時折吹き抜ける潮風が冷たく、

体を節々まで冷やしつつある中、

手頃な所にあった平坦で大きな岩に二人で座った。

岩肌は凹凸もなく座り心地の良いものだったが、

冷たかった。

「流石に寒いなぁ」

嵩兄ちゃんがぼやいた。

僕はリュックからマイボトルを取り出し、

嵩兄ちゃんに勧めた。

「うわっ、あっちぃ」

自分ではまだ飲んでいなかったので

気付かなかったが、

まだマイボトルの中のコーヒーは

淹れたての熱さを保っていたようだ。

嵩兄ちゃんから返されたマイボトルのコーヒーを自分でも飲む。

相当に熱かったが、体は温まった。

「寒くなったなぁ。昼間は暖かかったのに。

 なあ、手、貸してみ」

僕は言われるがまま両手を差し出す。

嵩兄ちゃんは僕の手を両手で包むと、

ごつい手で優しく揉んで暖めてくれた。

「昔はよくこうしてやったよな。

 お前、昔っから、寒がりだったから」

嵩兄ちゃんは僕の手を離すと、

僕の肩を片手で抱き寄せ、

肩を擦りながら言った。

「また風邪ひいたりすんなよ」

僕は嵩兄ちゃんに身を預けつつ頷いた。

嵩兄ちゃんの体はどこもごつごつしていて

硬く、逞しい。

「ほら、来いよ」

嵩兄ちゃんは股を大きく広げ、

自分の膝を叩いた。

その意味を思い出して、急に顔が熱くなった。

確かに昔はよくそうして貰っていた。

でも、小さい頃の話だ。

しかし、どこまでも煩悩に忠実な僕は、促されるままに

嵩兄ちゃんの股座の間に腰掛けた。

そして、嵩兄ちゃんは僕の背中から手を回してきて

僕のお腹の前で手を組んだ。

「お前、ほんっとに細いなあ。

 体は冷たいし。軽くて細くて、折れちまいそうだし。

 またメシ抜いたりしてんじゃねえだろうなあ。

 俺は心配だよ」

僕の左肩に顎を乗せて、嵩兄ちゃんはぼそぼそと喋った。

嵩兄ちゃんが言葉を発する度に耳に唇が掠めそうになり、

心臓が跳ねる様に脈打った。

嵩兄ちゃんに背中から抱きすくめられ、

一番に感じたのは、その温もりもさることながら

嵩兄ちゃんの匂いだった。

忘れかけていた、懐かしい、心安らぐ優しい匂い。

思わず口走っていた。

「嵩兄ちゃん」

「なんだ、なんだよ。

 可愛い甘えた声出して」

「懐かしいね」

「そうだな、お前、可愛かったもんな」

「今は?」

「今も、可愛いよ」

後ろから抱っこされていたので

嵩兄ちゃんの表情は窺えなかった。

外が暗くて良かった。

明るかったら、きっと、今、

僕の顔が赤くなっている事がばれてしまっていただろうから。

「行こう。まだしばらく付き合ってくれよな」

二人で立ち上がり、再び歩き始めた。

嵩兄ちゃんはごく自然なように僕の手を握って来た。

「これも、懐かしいだろ?

 迷子にならないようにって、昔よくやったよな」

「……うん」

僕は嵩兄ちゃんに手を引かれるまま、公園を歩いた。

幸い誰かと擦れ違う事は無かった。

嵩兄ちゃんは公園内の地図を看板で確認すると、

ある場所へと僕を連れて行った。

連れて来られたのは、大観覧車。

「これも、懐かしいだろ?

 昔、駒は本当にこれ好きだったもんな」

そうだったのだろうか。そんな事は覚えていない。

僕は何か観覧車に縁でもあるのだろうかと思った。

再び男二人で観覧車に乗り込む。

違う事は、ここがお台場でない事と、

相手が嵩兄ちゃんであるという事だ。

「ほら、見ろよ。

 ディズニーランド見えるぞ」

この観覧車からは本当にディズニーランドが良く見えた。

「また今度平日休みが被ったら、

 連れてってやるからな」

「男二人でディズニーって、

 おかしくないの?」

「誰も気にしねえよ」

「彼女作って、彼女と行けば」

僕がそう言うと、何故か嵩兄ちゃんは黙り込んでしまった。

悪い事を言ったかと思い、フォローしようと僕は言った。

「いや、僕も行きたくない訳じゃないけど――」

「なら、いいじゃねえか」

嵩兄ちゃんはいじけたように口を尖らせた。

「俺はお前を連れて行きたいんだよ」

「なんで?」

「……昔みたいに、お前が笑ってるところが見たいから。

 今日は本当に来て良かったよ。

 駒。何も変わってねえな。

 いい子のままで居てくれて、本当に良かった」

「いい子って、僕もう2×歳なのに……」

「いくつになっても、お前は俺の弟だ」

そんな風に思って貰えているのは本当に嬉しい。

だが、歳相応というものがあるだろうに。

「はあ、そう……」

話もそこそこに、僕は観覧車からの景色に見とれた。

あちらにはディズニーランド、

こちらには東京スカイツリー

先日のお台場の観覧車とはまた異なった景色が

楽しめた。

しかし、心中は複雑だった。

つい先日は亘に、そして今日は嵩兄ちゃんに、

観覧車に乗せられた。

これは一体どんな因果関係が作用しているのだろう。

偶然にしては良く出来過ぎている。

嵩兄ちゃんは観覧車からの眺めに夢中だった。

強面の嵩兄ちゃんがこうも笑顔にしていると

そのギャップの微笑ましさに思わずこちらも笑顔になってしまう。

僕は窓の外の眺めを見ながら、

また悩ましい出来事が起きたなと考えていた。

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