僕が踏み躙ってきた愛情と日常の総て

ゲイ。アラサー。フリーター。こんな僕の日記です。

陽だまりの中で

昨日のバイトの昼休憩に、いつもの定食屋に向かう途中で

本当に久し振りに亘に遭遇した。

亘は今日は時間に余裕があるらしく、

その場で僕の職場に

『偶然遭遇したついでに、

 これから今日一日僕を借りる』と言う旨の連絡を入れ、

僕を亘のオフィスが入っているxxタワーの

レストランへと食事に連れて行ってくれた。

「駒ちゃん、久々だねえ!

 最後に会ったの、いつだったっけ?」

「3ヶ月位前じゃないですかね」

「そっか。最近俺も忙しくてさ。

 どう? 寂しかったっしょ?」

僕は無視を決め込みメニュー選びに集中した。

その様子を見て亘は苦笑しつつ頭を掻いた。

「駒ちゃんはどうか知らないけど、

 俺は寂しかったよ、駒ちゃんと会えなくて。

 駒ちゃん、LINEとかで連絡もくれないしさ」

「はあ、そうですか。

 でも、亘さんに連絡してくる人なんて

 ごまんと居るんじゃないんですか。

 例の元彼とか」

亘は溜息をついて言った。

「もうあの話は忘れてくれよ。

 あとね、駒ちゃんから連絡が来なかったから寂しいの。

 誰かから連絡が来なくて寂しいのと訳が違うんだっつうの」

「はあ、どうもすいません」

「謝る事でもないけどさ……。

 まっ、久々に今日は一日一緒に過ごそうぜ」

「観覧車はもう御免ですよ」

亘は曖昧に笑うと、店員を呼び止め注文をし始めた。

かすかに暑気の残る、明け方の大雨が嘘のように

爽やかな秋晴れの日だった。

「よし、横浜でも行こうか。

 みなとみらいとか、あの辺歩こうよ」

「……亘さん、完全にサボりじゃないですか。

 本当にそんなんでいいんですか?」

「大丈夫だって。駒ちゃんがナイショにしてくれてればね。

 まあ仮にバレてもマジで問題ないけど」

「それならいいですけど……」

JRのS×駅へ向かう。

東海道線のホームに下りようとしたが、

亘が京浜東北線で行きたいと言い出した。

東海道線なら横浜まで18分、京浜東北線だと28分。

何故遠回りして行きたいのだろうか。

でも亘に反論するのも面倒に思い、そのまま従った。

ここ最近の僕は、何かにつけ虚しさを見出してしまい、

言動を差し控える機会が多くなっていた。

自分の思うままになる事などこの世には何一つ無いのだと言う

世の中の条理を、受け容れつつあった。

僕には何の価値も無いから。

ホームへ入って来た京浜東北線の車両に乗り込んだ。

運良く二つ並んだ空席を見つけ、二人で座る。

「ねえねえ、駒ちゃん、今何考えてんの」

僕の左隣に座った亘が、うきうきした様子で訊いた。

「いや、別に、特には」

「じゃあさ、俺は今何考えてると思う?」

「さあ」

僕は本当に何も考えずに、窓の外を流れる景色を眺めていた。

何の感情も抱かず。

もう何も感じない。もう誰も愛さない。もう傷つく事もない。

微動だにせずぼうっと遠い目をしている僕とは対照的に、

亘はそわそわきょろきょろしていた。

しばらくして落ち着きを見せると、ごく軽い力で

僕の左手首を掴んで自分の懐に寄せた。

僕は思わずはっとした。

今日はたまたま腕時計を着けて来るのを忘れて来たからだ。

いつもだったら絶対に着けているのに。

僕の左手首には、狭い幅だが深いリストカット痕がある。

高校の時に作ってしまったものだ。

今思えば馬鹿げた事をしたものだと悔いている。

普段は腕時計のバンドや服の袖などで隠れているから、

まず滅多な事で他人に見られる事はないが、

腕時計をしていない状態のまま至近距離で手首を見られれば

間違いなく視認されてしまう。

しかし亘の手を振り払おうとした時には既に遅く、

亘はその痕を見てしまった後だった。

亘は驚いた様子で僕の顔を見た。

やがて少し哀しそうな表情を見せると、

亘は僕の左手首を揉むように撫ぜ、

僕の目を見据え、微笑んで見せた。

僕は思わず俯いた。

亘のその微笑みが、余りにも柔らかで、暖かで、優しい顔だったから。

俯いた視界の外で、亘が自分の膝と僕の膝との間に鞄を置いたのが見えた。

亘は僕の左手首を掴んだままその手を鞄の下に隠すと、

他の乗客には見えぬよう密かに僕の手を握ってきた。

不意に水滴が頬を伝う。

一滴。二滴。

何も感じない筈の心から滲み出て来る何かがあった。

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